『楽園の灰』シリーズ

Velvet Gold ～天鵞絨黄金～

ヴェルヴェット・ゴールド

ｎｅｘｔ

双子姉妹

「ね、ほんとにディハーナが王様になると思う？」
「さーねー……でも、なったら笑っちゃうわ。あのヨタ者が王様なんてさ！」

　二人の娘が、両手に山ほどの衣装を抱えて回廊を歩いていた。
　広い中庭から午後の陽射しが注ぎ、石畳の床もほのかに温んでいる。
　緑園郷市[グリアナン]の政の中枢、光翠宮の回廊だ。

　栗毛を束ねて頭の上で爆発させている方の娘が、くすっと笑った。
「ヨタ者なんて悪いわよー。ちょっとヤンチャなだけじゃない」

　すぐに派手な赤毛の娘が言い返す。
「ヤンチャねーぇ……昼間っから酒家で遊び回って、ケンカ沙汰だの、心中未遂だのやらかして？」

　栗毛の方も負けてはいない。
「短気だけど親分肌で、惚れっぽいけど情が濃いのよ」

　赤毛はけらけらと笑って肩を竦める。
「男だか女だか判んないような奇天烈な格好ばかりしてるって評判ね」

「それ、ほとんどウチの店の服じゃない！」
「あ、そうだっけ。ま、確かにいい宣伝になってるかもねー……歩く看板男」

　中央街区の名物姉妹にかかっては、次期緑園郷[グリアーナ]王候補もかたなしだ。
　ルルゥとラーラは、常に斬新な発想で街人の耳目を驚かせてきた双子のドレスメーカー。
　二人が経営する店「ルーラ」の服は、根強い支持者を集める一方で……着こなしの難しさでも有名だ。

　赤毛の方がルルゥ、栗毛を爆発させている方がラーラ。
　そっくりのスレンダーな長身に、この日も色違いの服装をしている。
　赤毛のルルゥは全身黒、栗毛のラーラは全身白だ。立て襟で体にピッタリ合った袖無し丈短の上着には、背中に大きなバラの刺繍がある。
　ルルゥは裾の広いパンツと揃いのつばなし帽、ラーラは深いスリットのロングスカートで、帽子はない（頭が爆発してるから）。

　栗毛のラーラがふと思いついて言った。
「ディハーナが王様になったら、あたし達、王様の衣装＆ヘア・メイク担当ってことになるかもよ？　『ルーラ』の売り上げ、伸びるかしら……」

　赤毛のルルゥがぼそりと答える。
「あいつが失政でひんしゅく買わない限りはね」
「失政したら？」
「売り上げガタ落ち、店は借金まみれ、双子姉妹夜逃げ、離散……」

　不吉なルルゥの言葉に、ラーラが呟く。
「……不安だわ、私」
「バカっぽいもんねー、王様の三男坊」

　二人は顔を見合わせた。

　心配そうに眉を曇らせるラーラが、必死に反論する。
「バカは言いすぎよー……あんま勉強しなかったろうな、とは思うけど」

　ルルゥは気楽に笑いかけた。
「ま、まだあいつが王様になるとはかぎらないから、安心すれば？」

　ラーラも気楽に笑い返す。
「そよねー。いくら王様と王太子とご次男がいっぺんに亡くなったからって、三男が即位するとはかぎらないわよねー」

「そよ。他の諸侯が一致して別の王を立てれば、それまで。西のアーディン候あたり、結構有力候補だって噂もあるし」
「ふーん、アーディン候か……。でもディハーナの方がハンサムだわ」

　そんなラーラをちらりと見て、ルルゥはぴしゃりと言い放つ。
「馬面のタレ目じゃない」

　ラーラも間髪おかずに言い返す。
「面長にこぼれるような眼差しよ！」

　だがルルゥはさらに畳み掛ける。

「髪の毛くるんくるんしちゃって、スズメが巣ぅ作りそう」
「褐色の巻き毛が優しく肩に掛かるの！」
「とにかくフェロモン過剰ね」
「匂い立つような色香に、隠しきれない上品さなのよ！」
「上品さ、ねぇ……？」

　ルルゥが大きく首を傾げた。
　ラーラは力を込めて頷く。

「そよ！　あーんな女装まがいのド派手なカッコしてても、どこかしら品の良い洒落っ気があるもの」
「ま、確かにねぇ……そこらの男がうちの服着たら、ただのヤクザか男娼だもんねー」
「そよ」
「そね」

　店の上得意が次の王になるかならぬか、情勢は極めてデリケートな時期にさしかかっていたのだ。

「あ、見て！」

　ルルゥが急に立ち止まり、中庭の向こう側を顎で指した。
　ラーラが目をやると、あちら側の回廊を、墨染の衣を着た女性が歩いてくるのが見えた。
　すんなりと姿の美しい、雰囲気のある若い黒髪の美人だ。

「あら、シャーミラ様じゃない。宰相のお嬢様」
「亡くなった王太子殿下と、いい仲だったんでしょ？」

　喪服姿のシャーミラを見送りながら、ラーラは呟いた。

「お気の毒ねぇ……王太子殿下、結構男前だったもの……」

　ルルゥも頷いた。

「それに賢い御方だったし」
「そね」

　二人は小さな溜息をついて、再び歩きだした。
　ラーラがそっと囁く。

「ひどい事故だったわよね……」
「うん。橋ごと谷底へ真っ逆さま」
「……家族水入らずで遠乗りだっけ？」
「鹿狩りじゃなかった？」

　二人はふと考えたが、先に口を開いたのはルルゥだった。

「家族水入らずの時、ディハーナはいなかったわけね」
「……家庭の事情よ、立ち入ったことだわよ」
「ま、どこぞで飲んでたのよね、確か」
「飲まずにいられますかっての」

　二人は同時に溜息をついた。
　ラーラがふと呟く。

「ね、黒い服……持ってきたわよね」
「うん……一つ二つは」

　二人は、ディハーナが父と兄二人をいっぺんに亡くしたばかりだということに、初めて、本当に気付いた。
　外腹のディハーナが、王家で複雑な立場だったのは知っている。
　だが、彼自身が肉親を亡くしたことをどう感じているかは分からない。

　二人はお悔やみの決まり文句を頭の中から引っ張り出すため、しばらくの間おしゃべりもせず、黙って歩き続けた。

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