だ、世界が今よりもずっと若かった頃、いろんな不思議なことが当たり前のように起こっていました。 世界は今みたいにきちんとしてなくても良くて、楽しいデタラメがたくさんあったのです。 木々は枝を揺らし、葉っぱをなびかせながら、ゆっさゆっさと勝手に歩きまわりました。 お花は一日じゅう、楽しそうにぺちゃくちゃとお喋りをして過ごしました。 魚たちは海から上がってきて、ピチピチと元気よく野原を走りまわって遊びました。 獣にもときどき羽がはえて、すーいすいっと、気持ちよさそうに空を飛んだりいたしました。 大地は、気ままに海を渡り、今日は東へ明日は南と、あちらこちらへ旅をしました。 星たちも空から降りてきて、きらきらぴしゃんと川くだりをして遊びました。 それに、神さまだって気が向けば、そのへんをふらふらと散歩したものです。 |
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界のみんながそんな具合でしたので、最初にこの世界へやって来た人間たちは、木や、花や、魚や、獣や、大地や星たちの気まぐれな様子に、たいそう驚きました。 「木が勝手に歩きまわったのでは、昼寝をするにも日陰がなくて困るわい」 と、お爺さんが言いました。 「お花がおしゃべりをしてちゃ、耳もとに飾るのに、うるさくてかなわないわ」 と、女の子が口を尖らせます。 「魚が野原を走りまわってたら、海に出て網を投げても、ちっとも捕まえられないじゃないか」 漁師さんが怒っています。 「獣に羽がはえるんじゃ、いくら追いかけていっても逃げられちまう」 狩人も恐い顔で言いました。 「大地が旅をすると、せっかく畑を耕しても、寒くなったり暑くなったりで、ちっとも稔りがないよ」 農夫さんも困り顔です。 「春の星は春の夜空に、冬の星は冬の夜空に、ちゃんといてもらわなくちゃ困ります」 物知りの博士は、分厚い本を抱えてため息をつきました。 と、その時、博士の抱えていた本が、急に歌を歌い出しました。 木が歩いても いいじゃないか 花が喋っても いいじゃないか 魚が走っても 獣が飛んでも そんなの 別に いいじゃないか 大地だって 旅がしたい 星もたまには 水あそびしたい そうさ本だって 歌いたいときもあるんだよ 物知り博士は、あわてて本を抑え込みました。 「それじゃあ、人間が困るんだよ！」 人間たちは顔を見合わせました。 「だいたい、神さまがひょいひょい散歩に出かけたんじゃ、お祈りをするにも、どっちを向けばいいのか分からないじゃないか」 人間たちは困り果てて、大きなため息をつきました。 |
ょうどそこへ、ふーらふらとお散歩をしていた神さまが通りかかりました。 「どうしたのかね、人間さんたちや。みんなで集まって何を話し合っているんだい？」 人間たちは、神さまにわけを話しました。 神さまは人間たちの話を聞いて、何度も何度も頷きました。 「そうか、そうか。そりゃあ困ったのぉ。よし、ワシが世界のみんなに頼んでみよう」 神さまは両手を腰にあてて、大きな声で叫びました。 「おぉーい、木よ。これからは、もう勝手に歩きまわったりしないでくれんか？」 遠くから、木が応えます。 「だけど、じっと立ってるからって、断りもなく切り倒したりしないかい？」 神さまは人間たちの方を見ました。 お爺さんがあわてて首をふります。 「まさか！ じっとしている木に、断りもなく切り倒したりはいたしません。約束します」 それを聞いて、木はこう言いました。 「分かった。もう勝手に歩かないよ」 神さまは次に、足もとの花たちに、しゃがんで話しかけました。 「花よ、これからは、お喋りするのを我慢してくれるか？」 花は小さくふるえて、こう訊ねます。 「でも、黙ってるからって、次から次に摘み取って、そのへんにポイポイ捨てたりしない？」 女の子は両手を振りました。 「まさか。髪に飾ったお花は大切にするわ。約束します」 「それなら、もう、お喋りはやめるわ」 神さまは次に、魚に言いました。 「魚よ、これからは野原を走りまわらないで、いつも海にいてくれるかい？」 「けど、いつでも海にいるからって、オレたちを全部捕まえてしまわないかい？」 漁師は首をふりました。 「まさか。食べきれる以上、捕ったりはしない。約束するよ」 「…じゃあ、海に帰るよ」 魚たちが海に帰ってゆくと、神さまは獣に呼びかけました。 「獣よ、もう羽をはやして空を飛んだりしないでもらいたいんだがのぉ」 「でも、空を飛ばないからって、面白がって追いかけたり、いじめたりしないかい？」 狩人は慌てて首を振りました。 「そんなことはしない。狩りをするのは、人間が生きていくためだけだ。約束する」 獣は、名残惜しそうに羽をたたみました。 「…じゃあ、もう羽をはやすのはやめるよ」 神さまは今度は大地に言いました。 「大地よ、もう海を渡って旅するのはやめてくれないか？」 「だけど、じっと動かないからって、土を全部、掘り返したりしないかい？」 農夫さんは言います。 「いいえ、土を掘るのは畑の分だけです。約束しますよ」 「…なら、もう旅はしない」 それから神さまは、星たちに言いました。 「星よ、悪いがもう、空から降りてきて川で遊んだりしないでくれるか？」 「だけど、いつも夜空にいるからって、僕たちを見むきもしなくなったりしない？」 物知り博士が静かに答えます。 「毎晩ちゃんと、あなた達をかぞえて、美しさを褒めたり、話しかけたりしますよ。約束です」 「それなら、お空に戻るよ」 星たちが空に戻ってしまうと、神さまは人間たちに言いました。 「さて、これからはワシも、ふらふらこの辺を散歩しないようにするよ」 そしてちょっと心配そうに、人間たちの顔を見回しました。 「…でも、見かけないからといって、ワシのことを忘れてしまわないかい？」 人間たちは、いっせいに首をふりました。 「もちろんです。神さまを忘れたりはしません。毎日お祈りして、思い出します。約束します」 それを聞いて安心したのか、神さまはほろほろと笑って、天に帰ってゆきました。 |
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間たちは、それから長い間、木や花や、魚や獣や、大地や星、それに神さまとの約束を忘れずに暮らしました。 そうして木は歩かなくなり、花もお喋りをやめ、魚が走りまわったり、獣が飛んだりすることもなくなりました。大地はじっと海に浮かんだままですし、星はそれぞれの季節に合わせて、夜空で黙ってかがやいています。 神さまも、天からそぉっと人間たちを見守るだけになりました。 人間たちが世界のみんなとの約束を忘れずにいるかぎり、世界はちゃんとしていてくれるのです。 そんな世界の中で人間だけが、好きなところを歩きまわり、好きなだけお喋りして、走ったり泳いだり、空を飛んで旅をすることさえ出来るようになりました。 |
い時間がたち、世界は年をとってゆきました。 人間はなんでも好きなことが出来るようになりましたが、それが世界のみんなのおかげだということを、だんだんと忘れてゆきました。 木が約束してくれたこと、花が約束してくれたこと、魚や獣や、大地や星たちが約束してくれたことを、人間はいつの間にか忘れてしまいました。 一番気のどくなのは神さまです。 人間は、神さまなんていたことも忘れてしまったのです。 世界のみんながしてくれた約束を忘れ、世界のみんなに約束したことを忘れ、そうして人間は、もうほとんどデタラメな具合に、勝手気ままに生きるようになりました。 でもときどき人間は、何だか寂しい気持ちがするのです。 そりゃそうです。だって、世界のみんなと一緒に生きてることを、思い出せなくなってしまったんですから。 |
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界のみんなは困りました。そして人間が寝静まった後や、後ろを向いているとき、そっと神さまと話し合っているのです。 「人間たちは、僕らとの約束を忘れてしまったみたいですよ、神さま」 神さまはそおっと地上を覗き、気弱に微笑みます。 「もう少し…もう少し我慢しておくれ、みんな。もしかしたらもうすぐ、誰かがワシらみんなのことを、思い出してくれるかもしれん」 木が、遠慮がちに言います。 「でも神さま、人間は、僕たちのことは思い出しても、神さまのことは思い出せないかも知れません。だって、木や花や、魚や獣や大地や星は、人間の見えるところにもいるけれど．．．ねぇ神さま、人間は、あなたがいたことさえ忘れてしまったんですから」 「それでも、もう少しだけ、後ほんの少しだけ、待ってみよう、ね？」 世界のみんなは悲しそうに頷きます。 「でも神さま…」 星が、弱々しく光りながら、神さまにききました。 「もし、人間が、みんなとのだいじな約束を思い出してくれなかったら？ その時はどうするの？」 神さまは目をうるませて、じっと地上の人間たちを見つめました。 「その時は…」 世界のみんなが聞き返します。 「その時は…？」 「その時は、人間たちを置いて、みんなでどこか別の世界に行こう。別の世界で楽しく暮らそう」 神さまがそう言うのを聞いて、大地はそっと呟きました。 「みんながいなくなっちゃった世界に、人間だけ置いてきぼりにするのかい？」 黒ずんだ海からは魚が跳ねて、滴をしたたらせながら訊ねます。 「からっぽの海に町を浮かべて、人間だけで生きてゆくのかい？」 神さまは涙をこらえて頷きました。 「思い出してくれないことには、どうしようもないんじゃよ」 檻につながれた獣が、神さまを見上げてポツリと呟きます。 「なんだか、可哀想だね」 花たちも咳込みながら囁き合います。 「私達、約束を忘れた人間を怒ってる。けど、ホントは…」 世界のみんなが声を合わせます。 「ホントは僕たち、人間と仲直りしたいよ！」 神様の目から、ほろりと涙が落ちました。 世界のみんなはため息をついて、神さまを慰めます。 「神さま、泣かないで。僕たち我慢するよ。もう少し待つよ。きっと誰かが思い出してくれるよ。僕たちとの約束も、神さまがいたことも！」 「…ありがとう、みんな。そうじゃな、もう少し待とう。ワシらだけでも約束を守って、人間を信じてやろう」 世界のみんなは頷いて、心の中で思いました。 人間を信じて、許してあげよう。 そしていつか、また一緒になって、楽しく暮らせる日を夢見ていよう… |
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| おしまい。 |
