野生の王国
仔犬たちが生まれてきた頃、おはぎやエクレアくらいの大きさだった。 「美味しそうだねー」というと、母は「ひどいっ、残酷ッ」と私を咎めた。 ハンナのお尻が丸々していると、今でも私は「美味しそうだねー」と言う。 ハンナは食用に飼育している家畜ではない。でも……非常の場合は、或いは……？ なんて言うと、ダンナが怒る。 むろん、隙あらば食おうなんて思ってるわけじゃない。 単に、子豚やウサギを見て、可愛いと思うのと同時に、ちらりと、旨そうだな……とも思うのと、同じことだ。 豚肉もウサギ料理も、私は美味しくいただく。 でも、もちろん、子豚やウサギの仕草を見ていれば、可愛いなとも思う。 可愛いな……と、美味しそうだな……は、ちょっと近いのだ。私の場合。 私はベジタリアンだったことはかつてない。動物の死骸を食うことを否定しない。魚なら活き作りもいける。 むろん、日本人だから肉なんぞ食わずに魚で充分だろうとも思うが、あえて肉食を排除する動機は持っていない。 豚や牛は自力では捌けないだろうと思うから、その点では、豚や牛を食うことに少々良心が咎めもする。 鶏やウサギまでなら、やり方を教われば自分でもさばけるんじゃないかなと思う。だから鶏やウサギを食う方が気が楽ではある。 スーパーでパック詰めされてれば平気なくせに、冷凍車に吊されてるかたまり肉を見ると気持ち悪い……という感覚は、私には解らない。 家畜であれ狩猟の獲物であれ、肉を喰うことがおぞましいとは感じない。 食い残すことがおぞましいのだ。骨までしゃぶれ、と思う。 たぶん私は、非常の場合に至っても、ハンナを食うことはないだろう。 では、ハンナは……？ 私やダンナが部屋でぽっくり死んで、ハンナがお腹をすかせた時……彼女は私たちの死骸を食って生き延びてくれるだろうか？ 誰かが助けに来てくれるまで。 そんな想像をしていると、我が家はちょっぴり野生の王国だ。食うか食われるか。人と犬と食肉と、境界はさほど明確ではない。 でも、ここは楽園。犬のいる家庭。人間だけの風景じゃない。 ★附記★ 「可愛い」と「美味しそう」 上に書いたとおり、私の場合、「可愛い」と「美味しそう」が、ちょっと近い。 ……で、思い出した。 ウルトラマンに出て来た怪獣「エレキング」が美味しそうだなぁと、子供の頃からずっと思ってた。 クリーム色に、黒か茶の縞っぽい模様の怪獣なんだけど……マーブルケーキみたいで、美味しそうなんだな。 スライスして食べてみたいと、子供心に思ってた。 今でも我が家ではマーブルケーキのことをエレキングと呼ぶことがある。 |